【忌み地まとめ】今やレジャー地となった『北蓑戸』に隠された恐ろしい由来

   2017/05/23

北蓑戸(キタミノト)

奥多摩周遊道路のダム側ゲートを過ぎて数キロ行くと交差点があり、山の「ふるさと村」に向かう道がある。ここよりふるさと村へ数百メートル進むと一本目の橋がある。その名は「北蓑橋」。この辺りは昔、糠指(ヌカザス)といい、北蓑橋の下を流れる谷を着タ蓑戸(キタミノト)と呼んだ。

昔、ある夏の雨の日、ある人がここで炭を焼いていたが眠り込んでしまい、着ていた蓑に火が付いて焼け死んでしまった。それで「着タ蓑」と云う名前が付いた。それ以来この山に入ったり、所有者になると必ず不幸があるといわれた。

蓑を焼いて死んだ人の次の持ち主は火傷で死に、南集落(現在矢久亭のあるところ)のある人はここで狸に化かされ、
裸足で歩き回りながら死んだりしたという。埼○銀行某支店の頭取が持っていたときは子供が次々に死亡し、支店の
経営も上手くいかず財産が1/10になってしまった。また、ここで働かせていた林業労働者が崩落で6人死亡する事故も起き、とうとう困り果て塔婆を建てて捨て値で売却した。

以後も人手を転々とし、最後に鳩和木材株式会社から都に買い取られ、今では何も知らないレジャー客を呼び寄せている。

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