【ホームビデオの人物の正体とは】赤城神社主婦失踪事件

   2018/02/05

志塚法子 失踪当時の状況

 1998年5月3日、千葉県白井市の主婦志塚法子さん(当時48歳)は、家族(夫・娘・孫・叔父・叔母・義母)と群馬県宮城村三夜沢(現前橋市三夜沢町)の赤城神社へツツジ見物に訪れていた。あいにくの雨のため、神社へ行く夫と叔父以外は駐車場に停めた車の中で待つことになった。

 しかししばらくして法子さんは「折角だから、賽銭をあげてくる」と、財布からお賽銭用に101円だけを取り出し、神社への参道を登っていった。その時の格好は赤い傘を差し、ピンクのシャツに黒のスカートという目立つもの。娘は駐車場から法子さんが境内とは別方向への場所でただずむ姿を目にしている。これが家族が見た法子さんの最後の姿となってしまった…。

 戻らない法子さんを心配した家族はあたりを捜すも見つからず、警察へ通報。10日間で延べ100人あまりで付近一帯を捜索するも見つからなかった。参道は山道ながらもよく整備され、崖などの危険な場所や道に迷う箇所もない。また、ゴールデンウィーク中で神社には沢山の人が訪れていたが、不審な人物や物音を聞いた人はいなかった。群馬県警にも20件ほどの情報提供があったが、発見に結びつく有力なものはないという。

法子さんが写り込んだホームビデオと、数回にわたる無言電話の謎

 失踪から7か月後、失踪当日の同じ頃の赤城神社で偶然撮影されたホームビデオが、撮影者によってテレビ局に提供された。そこには法子さんとおぼしき人物が、何者かに傘を差しだすような姿が小さく写りこんでいた。しかしその人物からの申し出が出ることはなかった。

 また失踪後、数回無言電話が自宅にかかってきている。その局番は「大阪」と「米子」であった。家族は必死に法子さんの行方を捜し、テレビ番組「奇跡の扉 TVのチカラ」等にも出演したものの、解決にはいたらなかった。失踪から10年後の2008年には、群馬県警が顔写真等を掲載したビラを500枚配布。情報提供を呼びかけた。

 2008年6月、法子さんの失踪宣告がなされている。

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